タバコ

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 タバコの歴史、他(悪習の補足メモ)

 タバコが世界中に広まる切欠になったのは、1492年10月頃、クリストファ・コロンブスの率いる三隻の船が
今日ではバハマ諸島のウォリング島と呼ばれている、サン・サルブァドル島にてこのドラッグに出会う。
(最も、彼らはそこをインドと信じていたのだが)

 彼らは、何かの燃えさしを持って、いぶしながら歩いていく、多くの男女をその島で見かけた。
コロンブスに同行し、航海日誌を残した、ラス・カサスはその燃えさしを吸い込んだ時の印象をこう述べている。
「酔ったような気持ちになり、疲れを忘れてしまった。」と。

 ちなみに、コロンブスによって伝えられたタバコは、スペインの宮廷において重宝され、
その後ヨーロッパ全土に広まったが、それと同時に彼ら一行がヨーロッパにもたらしたものがある。

 梅毒です。

 インディオの風土病である梅毒はタバコと共にスペインに伝えられた、1494年のイタリア戦争の折に、
スペインから、公娼制度の発達していたイタリアの売春婦達に伝えられ、フランス、ドイツ、スペイン
などの連合国軍兵士を触媒にして、彼らの本国にもたらされ、やがてヨーロッパ全土に伝播した。

 さて、この梅毒とタバコが日本に伝えられたのは、どちらが早かったのか?
答えは、梅毒です。ヨーロッパから日本に到来したのは永禄9年(1512年)で、タバコはこの約100年後
位に伝えられたそうです。(慶長10年には、薩摩の指宿でタバコが栽培されている)

 同じ起源の梅毒とタバコの伝来が、これだけの時間差で伝わっているのは興味深い。

 さて、17世紀に起きたタバコによるヨーロッパとアジアの征服には驚くべき点がある。

 一つは、タバコの使用があらゆる社会の階層に、広まった事

 二つ目は、国家や宗教の両方から、激しく、ときには暴力的な処罰を受けておきながら、
タバコが生き残った事

 権力者達は、このタバコというドラッグに残酷な刑罰を与えた。ロシアでは喫煙者は鞭打ちと追放、
嗅ぎタバコの愛煙家は鼻を削ぎ落とされる。中国では曝し首、トルコでは鼻にパイプの軸を突っ込まれる。

 時代により、タバコのみは死ぬまで拷問に掛ける様に命じられた。
タバコに夢中になった聖職者は破門すると脅される。

 罰金や、拷問(鞭打ち、手や鼻の切断、死や地獄行きと脅され)、
タバコをやらない人からは日常的に悪評をたてられる。批判者の指摘は事実で、タバコは口臭の元で、
歯は黒くなり、衣服は汚れ、茶色い鼻水、唾液が沢山でる。

 昔の住居が燃えやすい時代では、喫煙による火事の危険性は深刻な事であったろう。

 それらの危険性や、罰、他人からの不快感、を以てしてもタバコを止めることができなかった。
このタバコのもたらす力、依存症は驚異的ともいえる。今世間は少しずつタバコを止めようと動いているが
果たして。


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