秩序と幻想 |
秩序と幻想 |
|
| TOP>秩序と幻想 秩序が存在しない所に、秩序の幻想を見出してはいけない。 カオスに秩序という幻想が見出せないかぎり危険ではない。 一人の賢者の話をしよう、イェール大学の著名な経済学教授アービング・フィッシャーは、 株式投資で大勝利を収めた。 助言を求める人々に彼は「株価は永遠に高止まりを続けるように思える」と、1928年9月に発表し、 その直後に教授は、その当時ウォール街の史上最悪と言われた暴落により破産した。 フィッシャー教授は、混沌の中に秩序を見出したと思い、 自分が賢いから勝利の公式と運用システムの開発が可能だと確信した。 そして開発したそのシステムは市場を打ち負かしたと確信したのだろう。 もっとも、彼はただ運が良かっただけなのだが。 運命は、教授をしばらく好調の波に乗せ、そしてその為により深い谷へと落ちる事になった。 数年間彼の秩序の幻想は、現実によって正当化された様にみえた、 教授は思っただろう「市場は私の計算した通りに動いている」と。 そして暴落。教授の秩序には幻想がまとわりついていた。 一連の幸運が終わりを迎えた時、教授は何も準備が出来ていなかった。 そして教授と教授に導かれた投資家達は、市場から消えた。 秩序の幻想は市場だけでなく、様々な分野や場所で見られる、そして無用心な人々を待ち構えている。 幻想を抱きたくなる気持ちも理解できないではないですが、 しかし真実は、この市場の世界には秩序はなく、混沌としているということ。 ただ時折、儚い秩序が現れる。それは魅惑的で教授のような賢者を惑わす。 しかしその秩序は儚すぎて計画の基礎には使えない、 本物の投機家はそれが何であるか認識して無視する。 投資信託も同じ事、大衆から莫大な資金が集められ、プロフェッショナルにより運用される。 彼らの学歴は素晴らしく、給料も充実している。 彼らは様々な過去のデータ、必要な資料、アシスタント、コンピュータなどの高価な道具も完備されている。 彼らは、高い教育、給料、整った設備をもつ投資理論家である。 もしも市場に秩序を見出し、上手く機能するシステムを開発できるのなら、彼らこそ可能だろう。 しかし、今のところ秩序は、見出せてはいない。 結局のところ、彼らは一般の投資家と変わらない、勝つ事もあれば、負ける事も有る。 あれだけの装備、学歴を持ってしても、一般の投資家より賢くもなく、うまいわけではない。 時として投資信託は市場平均より悪い成績を出す事すらある。 幸運であれば、投資信託に資産を預け、資産を増やす事は可能である。 ただし資産を増やせる商品を買わなければならない、問題はどの投資信託のどの商品かだ。 自力で投資するのも投資信託を選ぶのも結局のところ、不確実性の世界カオスに直面する。 特に投資信託は、存在しない秩序という幻想を扱う、まあ幻想自体が彼らの商品ではあるのですが。 その幻想は心地よく展望に満ちている事だろう、しかし投資顧問や、アナリストなどの、 もっともらしい秩序あるアプローチを提供する彼らを、懐疑的に見なければならない。 賢者たちが生み出した様々な秩序の幻想がある。 ある賢者は、過去一年間の価格の最高値に近づいているか、 最高値を付けた銘柄を買うべきだといっている。 勢いが価格動向を継続させる、価格が上昇している銘柄は今後も上昇し続けると述べる。 また、ある賢者は、株価が過去一年間の株価が最安値に近づいている、 あるいは最安値を更新した銘柄を買うべきだと主張する。 株価はおおむね予想可能な範囲で上下する、 だから安値に近づいている銘柄はまもなく上昇すると述べている。 この二人の賢者の考えは相反す、どちらが正しいか? 正解はどちらも正しくはない、ということだろう。結局のところ、真実はただ、幸運であれば上手くいく。 秩序の幻想を信頼し、安心して、まどろんでいてはいけない、目を覚ませ。 有利な賭けや投資先を見つける望みを持つのはかまわない、むしろ最善を尽くし賭けるべきだろう。 努力により勝算が高まったかもしれない、しかし、人のやること全てに運が付きまとう、 その大きな存在を無視してはいけない。 努力により確かな秩序、確かに見える秩序を、見つけ出したと思ってはいけない、 依然としてカオスに取り組んでいるのだ。 その事を認識し、懐疑を持って警戒し続ける限り、自分が深く傷つくのを、回避できる。 |
|
TOP |
||||
リスクと価値 楽観と自信 秩序と幻想 欲望と強欲 予測と取り越し苦労 短期視点と長期視 悪習 |
心配 直感 幸運 長期投資 分散投資 株価と経営者 |
損失 優位性 人生設計 キャリアへの投資 健康への投資 自己投資 |
自己紹介 |
|
| Copyright (C) All Rights Reserved | ||||