モノ

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モノの行き来は、気持ちの行き来。と言われています。

普通、人が人と、モノとモノとの交換を繰り返していく物々交換をしていくと、
人と人の繋がりはより緊密なものになっていきます。

 かつての時代、人にとってモノとは単なるモノそのものではありません。
モノは持ち主と強い結びつきをもち、モノには持ち主の人格の一部が付着していると考えていた。

 モノを交換するということは、自分の人格の一部を相手に渡し、
相手の人格の一部をもらうことになり、両者の間に強い絆を作る、望もうと望まなくとも。

 しかし、それでは商売にならない。

 付着した持ち主の人格をモノから分離し、モノをモノそのものとして交換するために、
人は市場をつくった。

 市場は聖なる場所につくられた。

 聖なる場所。

 神仏が支配する空間。

 そういう空間に入ったモノは、もとの持ち主の人格との結びつきを断ち切って、
神仏の所有物となると考えられました。

 市場に入ったら、モノは神仏のものとなる。

そうしてはじめてモノは、もとの持ち主の人格との結びつきを解かれて、
モノそれ自体として交換できるようになった。

 いったんは神仏の所有物になることによってはじめてモノは商品になれる。

 かつての時代、商業というのは、本来、神仏との関わりなしには成り立たない行為だった。


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