長期投資

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 長期投資とは強者の論理である。

 長期投資という行動が出来るのは、資産という才をもつ言わば天才型の投資家です。
では凡才である我々はどの様にするべきか、1つは長期投資とよく比較されているディトレードがあります。
(もっとも、私の考えではデイトレードも何十年も続ければそれは長期投資ですが。)

 長期投資が天才型なら、ディトレ−ドなどの短期売買は努力型です、
多くの人が短期買売をするのは長期投資を思考できるだけの資産がないからです、
資産という才がない凡才が天才に打勝つには努力しかない、

 短期売買いで成功を納めている人は多大な努力をしています。

 (最も私は長期投資もディトレードもしませんし、進めませんが経験上一番よいと思うのは、
システムトレードの様な規律のある短期売買いです。
 これの利点は投資を勝率の高いサインが出なければ、まったくしない時が数ヶ月あるということ、
頻繁に取引しないこれはとても重要です。)

 しかし、強者達や、そのヒモ(メディア)はその努力を認めようとしない、
なぜなら短期売買いをする人達は、彼らにとってノイズだからです。
少しでも短期売買いをした事があるなら分ると思いますが勝つ事はとても難しい、
ましてや勝ち続ける事など不可能でしょう。

 短期売買いにとって重要なのは、負けない事ではなく、途中何度か、
あるいは何度も続けて負けたとしても、最後には勝つということ、たとえ無様でドロンコになろうと、
最後に立ってカッコ付ける位の覚悟が重要です。

 長期投資の資産運用において、賢者はいう
「A社の株を買うか、B社の株を買うか、といった個別銘柄の選別はほとんど運用成績に影響しない」と。

 彼ら長期投資家の理論は、過去のデータの検証により、
長期的には株価は上がり続けるという幻想の上に成り立つ。

 (確かに日経平均など、過去の価格から株価は上昇している訳だが、
それはつまり今の株価は割高になっているという解釈で良いのだろうか?
長期に見て上がり続けているわけだし)

 本当にそうだろうか?疑ってみるべきである、ホンダやキャノンのようにバブル崩壊後から15年間、
企業価値(株価)を高めた企業がある。

 また、NTTやNEC、TBSの様に企業価値を半値位までにそこなった企業も有る。
その差は最大で12倍位の格差がある。

 確かにだめな企業が、再生し企業価値を高める事ができる可能性がないわけではない、
しかしその可能性は余りにも低く、数十年もかかる。

 それに、長期間ダメだった企業は大半はその後もダメなままだ。

 不思議なのは、自らを投資家と呼ぶ者たちがそのダメな企業を、
同業他社と比較して「割安だから」などの理由で投資する事です。それは投資と呼べるのでしょうか?

 ただ言えるのは、それは投機ではない、なぜなら投機とはもっと遥かに慎重だからです。

 なによりも、たかが「割安だから」だけではその勝負に意味(価値)がない。
投機家であるなら価値のない賭けはしない。

 しかし、それに賭ける自らを投資家と呼ぶ者たちの大半は何者なのでしょうか。
あるいは、投資家とはただ利益が手に入ればそれだけで良いと考える者たちのことなのでしょうか。

 多分そうなのでしょう、大半の自らを投資家と言っている者にとって重要なのは負けない事、
痛みを傷つく事を避け、ただ受身的に利益を享受する、そうただ利益の事しか考えていない。

それにどれほどの価値があるのだろう。

 投機家にとって重要なのは、常に意味の有る勝負をする事と最後には勝つ事、
投機家は痛みも傷つく事も厭わない。

 なぜなら「意味の有る勝負」とは自分にとって正しいと思える行動だから、たとえ負けたとしても、
間違いなくまた、資産を掻き集めて自らの信念を貫く。

 正しい行動なのは明かなのだから。

 短期売買いで重要な事が幾つかあります。その1つに「小損利大」という言葉があります。
的確に損切りし、損失を小さくするという事ですが、勘違いる人が多くいます。

 損切りは重要ですが、そこから何も学ばなければ同じように損失が発生し、
損切りし続け市場より退場せざるを得ない。

 損切りとは、自分のミスを認め反省し、それにより新たな経験を得、
学ぶ事により知恵を身に付ける為にする事です。

 損失という結果について、じっくりと反省するまで、決して何も始めてはいけない。

 長期投資というのも悪くはないのですが、この様に批判的に書いたのは、
巷に出ている長期投資の賛美歌を見て少し怒りがわいた為です、とある本をよんで思った事は

 「まったく強者の言葉、強者、強者、強者だ、生まれついての才能(資産)だけで力を手に入れ、
そこにたどり着く為の辛さをまるで分っていない。」

 そう思える本がありました、著者は日本人です。彼はただの一度も落ちる事もなく、
ただの一度も省みることなく、たった一冊の本で、その一部で、その残酷な言葉で私を否定した。

 確かに彼らからすれば私は間違っているかもしれない、世間一般からすれば誤っているかもしれない

 しかし、リスクを否定する者に、今の私は価値を認めれない。

 私は最大限リスクを最小にする努力はしている、だから投資しない時期も数ヶ月に及ぶ事はある。

 しかし、分散投資や長期投資で市場にとどまり続ける以上、そこには確かなリスクがある。
明日自分が何をしているのかは分るだろう、では一週間後は、一月、一年先はどうだろう、
段々と視界は悪くなるはずだ。

 それでもなお、長期投資家はリスクは無く確かなものが有ると言うのだろう、
それは臆病や怠惰ではないのだろうか。

 私が分るのは、将来はいずれやって来るということだけです。

 将来なにが起こるのかは分らない、しかし何が起きてもいいように一応予防だけはしておく、
それが努力というものではないでしょうか。

 成功した投機家ではないですが、ジェシー・リバモアは長期投資について、次の様に述べています。

 「私が投機によって失ったお金は、一度投資したらそのままにしておく、
いわゆる投資家といわれる人達による巨額の損失よりも小さいものであると信じている。

 私の見方では長期投資家は大いなるギャンブラーである。
彼らは、賭けたままそれを持ち続けるので、上手くいかないと、全てを失う可能性がある。
賢明な投機家は、迅速に行動する事によって、損失を最小に抑えるものだ。」

 ちなみに私の考えでは、真のギャンブラーは優位性を重視しますので、
上記に出る長期投資家より遥かに慎重な人達です、むしろ投機家に近いかもしれません。

 最後に長期投資家は思わないでしょうが、個人的に相場で確信出来る事が在るとすれば、それは、

 例え勝ったとしても、負けたとして自分の求める何かを相場より手に入れる事ができる、という事です。

 案外、得るものと、失うものでは得るものの方が多いかもしれませんね。
私は、負ける気は更々ありませんが。

 何かの記事に、アメリカのトレーダー600人へのインタビューをして、
トレード(投機家)の動機で第一の理由で金儲けをあげた人は一人もいなかった。
彼らが上げたのは、スリル、興奮、チャレンジなどの理由が大半だったそうです。

 そしてそのような、投機家ほど他人が儲けているかどうかなど聞く人は居なく、
聞くとすれば週のトレード回数や、自分が今興味を持っている投機対象を、トレードしているか位だそうです。

 この記事を読んで、投機家ならそうだろうと納得しました、
一部いや、大多数の投資の幻想をもつ人々は理解できないでしょう、

 ちなみに、古代ローマの投機家は「追い求める者」と言われていたそうです。

 投機において「負ける奴はいない、止める奴がいるだけだ」という言葉があります。
これも確かなものの1つです、重要なのは無様な損失を出し、打ちひしがれたとしても、そんな事態に対し、

投機家として誇れる対応は、「続ける」ということ、ただそれだけの話。

 長期投資で一つ思い出した事がある。(2005年頃)

 米国の話ですが、週末に子供たちが自分の絵をガレージセールで売っている、
何を売っているかといえば、自分の才能を売っているわけです。

 絵を買っていく大人たちは、大げさに言えば将来第二のピカソになるかも知れない、
という気持ちで投資をしているそうです。

 日本でも一部には、有望そうな若手の絵を投資目的で購入する人もいます。

 どちらも未来に期待して投資するということ、これ等は、長期投資ですが、
長期投資の考えに、日本と米国の違いがあります、時間の感覚、安全性などなど、興味深くはある。

 金融教育の違いも日米は大きい、その分りやすい例が、バーチャルトレードです。

 日本でも教育の一環として、投資のゲームをするようになりましたが、その理由が

 日本の場合は「金融や経済の勉強のきっかけになれば」

 米国の場合は「今まで学んできた事の成果を試す」

 この理由の対比だけで、金融教育の違いはよくわかる、
きっかけと成果では意識が遥かに違う。

 これからの教育は、基礎を固めるだけでなく、
将来をつなげるという意味でも投資の教育は必要かもしれません。


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