格差

格差
TOP格差

 現代社会において、創り出した富の分だけ賃金がもらえる、ゆえに収入の格差は健全の証である。

 学術書や小説を書いたり、プロのゴルフプレーヤー、ダイリーガー、プロの棋士など、技能を
持つ人たちが居る、人々はその中で一握りのプレーヤーが名声や勝利を手に入れることに文句は
言わない。

 しかし、お金を儲ける事も非常に特殊な技能であのに、一握りの人たちが他の人々より、
多く儲けるのは我慢ならないと、それは悪い事だという風潮になる。

 趣味でゴルフをやっている人間がタイガーウッズとの技能の格差に文句を言うのだろうか、そこには
確かな技能の格差が存在する。技能その差が創り出す「富」の差となり、収入の差になる。

 TOPプレーヤーになることで、一つのブランドになりCMなどに力を与える、そのブランド力を
企業などが宣伝の為に欲しいと思えば、それは「富」になり交換媒体としてのお金を得ることになる。
(ただし、誰も欲しいと思わないのならソレは「富」にはなり得ない。)

 ただし重要なのは、その技能集団の中でもブランドになるのは一握りの人物のみだ。
人は一番くらいしか覚えていないものだ、例えば最近映画で話題のレオナルド・ダ・ビンチは有名
な画家だろう、ではその同時期の画家を知っているか?

 絵画に興味がない人間はまったく知らないだろう。(私は知らない)

 技能の格差により、彼ら一握りが名声や勝利を手に入れても、人々は問題は無いと言う。
それなのに、技能がお金を儲ける場合は、多くの人が反応を起こす。それは何故だろう?

 一つには「富」の所でも書いているように、富=お金とういう誤った考えによるもの。
お金は様々な「富」を円滑に交換する為の、システムに過ぎない。

 例えば、よく「貧しい国の人々が・・」などと聞くと思うが、その時に国の映像が流れる、
例え説明されなくとも、貧しい国かどうかその映像だけで判断できるだろう、それとも別にわざわざ
貯金通帳でも見せてもらわなければ分らないのだろうか?

 映像など外部から何故判断できるか?、それは家や道路、衣服、装飾、健康状態などなど、様々な
「富」を目にするからだ。多くの人はその様にして、貧しいか否か判断を下しているはずだ。

 では、これら富は何処から来たのか、それは今までも述べたように人が創り出したものだ。
かつて、多くの人が農業をしていた時代は必要なものは自分達でまかなっていた。その時代において
住居や倉、あるいは家畜の数にそれぞれの人、家族が創り出した富を見て取れる。

 よく例え話に、パイの話が出てくる、パイ=富と考えて富は世界に一定数しかないと説明するのに
用いられる、しかし真実は違う。
 例えば、先ほどの時代なら着る物や食べ物などの富が欲しければ創る事は可能だった。

 この事は、現代においても同じである。もっとも先進国では、かつての様に自分で富を直接創る事は
ほぼなくなっている。大抵の人は他の人の為に富を創り、それと等価な貨幣と交換し、
その貨幣で自分の欲しい富と交換する。

 子供の頃は欲しいものは与えてもらわなければならない。しかし社会に出て何か欲しいものがあれば、
それを自分で創るか、等価な価値のものを創るか、価値のあることを誰かにして欲しいものに見合う、
対価を払ってもらわなければならない。

 そして、より多くの対価が欲しいのであれば、皆が欲するものに上手く対応できる者であればいい。

 例えば、看板役者と背景じゃない、脇役だね、どちらが多く対価を貰うか、答えは看板役者だ、確かに
脇役専門の名脇役と呼ばれる人も居る、しかしお客はどちらを求めているかということ。
そこが格差になる。

 もっとも、人が欲しがるものを創る事だけがお金を得る方法ではない、それは認めよう。
例えば銀行強盗、偽札、賄賂、などなど市場の倫理にも統治の倫理にも違反する不道徳がある。

 そして、それによりお金を手に入れ富を持つにいたった人たちも居る、
これも富の格差の理由の一つではある。

 しかし、富の格差の根源的な理由は最初の頃に書いたように技能だ。

 例とすれば米国になるしかないかな、CEOというのはよく聞くだろ、大企業になると平均的な企業戦士
の100倍の格差になるという、プロのバスケット選手や野球選手も100倍程度の格差になるという。

 「彼らは100倍の価値はあるのか」という社説はよくでてくる、CEOやトッププレーヤーが平均的な
人たちの100倍も価値はあるのかと。

 この価値というものが、皆が彼らの技能に支払うということであるのなら、答えは・・価値はあるだ。

 例外はあるが大抵は、企業のCEOは実際に生み出した富にあった報酬をもらっている。
例えばスティーブン・ジョブスは有名だろ、りんご畑の経費削減などで見た目だけよくしたのではなく、
アップルの進むべき方向を示し飛躍させた。(次の所では失敗したがね)

 彼の報酬が多すぎるというのであれば、代わりに100人の人間を連れてくればどうなるか、答えは簡単
何もできない。トッププレイヤーも同じ事代わりの人間を増やしてどうなる、役者の所でも述べたが
客は、市場はどちらを望む。

 確かに技能は一般の人の100倍もなく10倍かもしれない、しかしそれが一人の人間に凝縮していること、
それが大きな違いを生み出している。

 「市場において付いた価格が真実である」だったかな?そんな言葉を聞いた事があるだろう、
価格は買手が欲しいと思う事で決定する。株式などでは買手と売り手が、とあるがあれは間違い
価格を決めるのはあくまでも買手だ。

 日本では、野球とサッカー選手の給料の格差は、結局は市場つまりお客が決める事になる。
今はプロのサッカー選手が居るが、プロというものがなかった時代、野球選手との給料の格差は
大きなものだったろう、しかしそれを富とする市場が出来てからはその格差は縮小している。

 これらの事例が現れているように、格差というのは健全ということにはならないかな。
収入は何が生み出しているか、それは富だろだったら

   収入に不均一はあるかもしれない、でも不公平じゃないはずなんだ。




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