バランス

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 バランスという考えは悪くはないが、人生において実際には何の役にも立たない。
もしも、バランスに固執するのであれば、その方が問題である。

 精神科医に相談する中に

 太りすぎている、痩せすぎてる、真面目過ぎる、傲慢すぎる、潔癖すぎる、緊張しすぎる、
などなど、そんな極端な自分が悩みだと、精神科医に相談する患者がいる。

 人間関係や精神のバランスを取り戻したいのだと彼らは言う。

 そう、バランスです。私がこれまで学んだ、セラピーやコーチングの世界に引っ張りだこです。
バランスという言葉だけなら、他にもスポーツ、健康など様々な分野でも聞いたことがあるでしょう。

 何事もバランスが良くなければならず、逆にバランスが取れてない人間はおかしいと、
彼らセラピスト達はいいます。

 しかし、バランスというのは結局のところ、ただの幻想ではないでしようか。
人生において、何かをするか、しないか、という二択しかないことはよくある事

 例えば、結婚、出産、勉強、掃除、友達などなど、結局これらは「するか」、「しないか」、「なる」、「ならない」
です、「バランス(ちょっとだけ)出産」なんてものは在りえないわけです。

 それなのに何故多くの人は、バランスを重要視し、セラピスト達はそれを支持するのだろうか。

取合えず問題は二つある、一つは足る事を知らない為、もう一つはセラピストに都合がいい為ではないでしょうか


1.足る事を知らない為

 人は常に新しい事にチャレンジし、満足のいく新しい商品が出来たとしても、また新しいものを作り出す。
この傾向は心理学的にも意味がある。人は何時も「まだ足らない」と思いながら生きている。

 新しいことにチャレンジするのは素晴らしい事だが、一時も自分を休ませれないのも問題だ。

 例えば子育てにおいて、大抵の親なら自分の子供について満足しているかと聞かれれば、
取合えず肯定して「でも」「もし」「もう少し」とか言い出すことだろう。

 「明るく、元気だが、もう少し勉強して欲しい、でもがり勉になって楽しむ事を忘れては・・・」
などなど、要するに今も悪くはないが、もう少しだけ違う(或は逆)の要素が欲しいと思わずにはいられない。

 他には、ケンカが少なすぎるカップルは二人の関係に疑問を持つようになる事例がある、しかし
ケンカが多すぎるカップルはもう少し落着いた関係になりたいと思うようになる。

 要するに隣の芝生が青く見えるということ、とはいえこれらの事例は、とても人間味あふるることだし、
人生においてこの様な思いはつきものではある。

 誰かの言葉に「変化し続ける事だけが、変化しない」というのがある、人は自分が何時かは変われると思っている。
それは向上心です。

 変わるということは、同時に理想的なバランスとは存在しないということ、仮にその時あったとしても、
変わり続けるということは、そのバランスを壊そうとする事でもある。

 そういった意味で言えば、常に物事は変化し続けてるともいえることだろう。

 中庸、丁度いい妥協点というバランスを探そうとする事は決して悪くはない。
物事が変化し、よくなっていくと誤解するのは悪くはない。

 しかし、そんな中庸、妥協点が存在すると思ったとしても、それに執着してはいけない。
現実において、それは幻想に過ぎないのだから。

 プラス思考とマイナス思考で私はバランスを否定しているように、個人的な考えに立ちそれを幻想だといっている。
これは他人に対して納得させるだけの説明は出来ないと思うし、データで示せるものでもない。

 なにより、どのように言葉を弄しても決して満足しないのが人というものですからね。

2.セラピストに都合がいい

 患者の問題を見つけやすい、というか「バランス」という観点から見れば大抵の人は患者に出来る。


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