鉄の女

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 英国の元首相、マーガレット・サッチャー氏の映画の作成が始まるようです。

 1979年に英国首相(保守党)となって、それまでは福祉国家指向だった英国を、
自由な競争社会に改革させた首相です。

福祉主義者の

 「あなたはこの国の乳幼児からミルクを取り上げるのですか!」という問に対して

 「乳幼児にミルクを与えるのは母親の仕事であって、国家の仕事ではありません。」

と言い切ったサッチャー首相。

 そして、日本でも民営化で色々議論が出ていましたが、
 
 私はサッチャー首相の下記の言葉に真実があったと思います。

 「お金持ちを貧乏にしても、貧乏な人はお金持ちになりません。」と、

 そして国家事業を次々と民営化し、英国病を克服していきました。

 この言葉、日本の場合も、色々思う事はあるでしょう、それで利益を上げる者もいるでしょうが
間違いなく、郵政民営化で不利益を被るのは、お金持ちの方であるのでしょう。

 もっとも、中途半端では最悪になるかもしれませんがね。

 
 サッチャー首相で有名なのはやはり「鉄の女」と言う異名でしょうか。

 就任後3年目の1982年、アルゼンチン軍のフォークランド島への侵攻で勃発した、
フォークランド戦争では、議会を相手に毅然として戦争を宣言。

 アルゼンチンに対して宣戦布告を行い、英国海軍を持って勝利を収めました。

 その戦争遂行の見事さから「鉄の女」の異名をとり、圧倒的人気でその後1990年まで、
英国の首相を勤め上げることになる。

 この時代、

 日本の首相は中曽根首相で、アメリカ大統領がレーガン大統領です。

 新自由主義という言葉を聞いたことがあるでしょう。

 この言葉は、サッチャー首相の明快な政治姿勢に対して後から出た言葉だったそうです。

 新自由主義はそれまでの共産主義にイカレタ(かぶれた)福祉主義と対峙しながら、
次第に伸びて行く事になる。

 サッチャー首相は日本にも来日しています。

 サッチャー首相は来日し、日本の技術水準の高さを自国企業に見せつけ、
ソニー、日産などの企業を英国に呼び込み、雇用を確保しながら労働法を変えていきます。

 こうして、福祉社会の呪縛から自由民主主義国が開放されると、社会主義国に対する経済的優位性が
明確になり、その結果としてソビエト連邦が崩壊した要因の一つとなったのでしょう。

 サッチャー首相が首相を退いてからかれこれ、19年になります。

 新自由主義は新保守主義ともいわれ、福祉よりも経済合理性が優先されるような社会になりました。

 ソビエト崩壊後アメリカから無償公開されたインターネット、それに基づく経済合理性が
資本のグローバリズムを生み出した。

 その結果人件費の安い地域での生産活動が競争に勝ち抜く手法として定着しだしました。

 中華人民共和国のケ小平氏は、そのタイミングで世界資本を上手に取り込み、
多くの生活必需品が中国製となり、先進国の生産業が打撃を受け、マネーゲームが先進国を席巻する。

 サッチャー首相が唱えた新自由主義は、格差社会を作りながらも産業主義から情報主義への転換の
引き金になったことは確かでしょう。

 まだまだ、不安定で不明瞭な情報主義社会は、格差社会のような社会不安を撒き散らしながらも、
もはや後戻りの出来ない展開を始めています。

 否応無しに・・。



 サッチャー首相の映画は、フォークランド扮装を中心とした映画となるようですが、
振り返ってみると、この時代は結構、濃い時代だったと思いますね。


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